大判例

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最高裁判所大法廷 昭和30年(オ)902号 判決 1960年12月21日

上告人 三瓶金属工業株式会社

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人矢部善夫の上告理由第一点について

所論は、原判決が、本件に適用された明治三〇年法律二一号国税徴収法(以下単に国税徴収法という。)二条一項の優先徴収の規定が有効であると判示したことは憲法二九条一項、九八条一項その他憲法の精神に違反するというのである。

思うに、憲法三〇条は「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う。」と規定し、同八四条は「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」と規定しており、本件に適用された国税徴収法二条一項の規定は、新憲法施行後、昭和二五年法律六九号、同二六年法律七八号により改正されたものであつて、前記憲法三〇条、八四条に基づく法律であると解すべきところ、右国税徴収法の条項は、国税およびその滞納処分費は他の公課および債権に先だつてこれを徴収する旨を規定しており、私法上の財産権たる債権が同法の定めるところに従い、右国税およびその滞納処分費に後れる点において、財産権がその効力を制限されることは所論のとおりである。しかし、国家活動を営むに当つて必要な財力は、これを租税として広く国家の構成員たる国民から徴収する必要があると共に、右租税収入の確保を図ることは、国家の財政的基礎を保持し、国家活動の運営を全からしめる上に極めて緊要なものであることはいうまでもない。前記国税徴収法二条一項は、右のような趣旨において国家の財政的基礎を保持することを目的として設けられた規定であつて、公共の福祉の要請に副うものといわなければならない。憲法二九条が、財産権不可侵の原則を保障していることは所論のとおりであるが、基本的人権といえども、公共の福祉の要請による制約を受けるものであることは憲法もこれを認めているところである(憲法一二条、一三条、二九条二項等)。国税徴収法二条一項の規定が前記のように公共の福祉の要請に副うものである以上、同規定が所論のように憲法二九条に違反し、同法九八条一項により効力を有しないものとは認められず、そのほか憲法の精神に反する点は認められない。

原判決は、論旨のいうように、単に法律の範囲内で国民の権利自由を制限することが可能であるというだけの理由ではなく、その制限が、公共の福祉の要請に副うものであることを理由として違憲ではないと判断したものであることは判文上明らかであり、その判示するところは、前記説示したところと同趣旨に出ずるものであつて正当である。それ故、所論は採るを得ない。

同第二点について

所論は、論旨にいう共益費用の先取特権が国税徴収権に優先しないとした原判示は、国税徴収法二条の解釈を誤つた違法があるというのである。

しかし、所論共益費用が国税徴収法二条六項の強制執行費用に該当するものでないことは明らかであり、また同法二条一項は国税およびその滞納処分費は他の公課および債権に優先する旨を規定しているのであるから、たとえ、所論共益費用につき民法上一般の先取特権が認められているものであつたとしても、それは私法上の債権相互の先後の問題であつて、被上告人の交付要求に係わる債権が右共益費用の債権に優先するものであることは前記国税徴収法二条一項の法文上明らかであり、なお、同条の規定が、何ら違憲でないことは、第一点に対する説示において述べたとおりである。そしてこの理は、国自ら滞納処分をした場合であると否とにより異なるところはなく、また本件に適用された国税徴収法二条一項は、前記のごとく、昭和二五年法律六九号、同二六年法律七八号により改正されたものであつて、民法が国税徴収法施行後に施行されたものであることを理由とする論旨は、前提を欠くものである。それ故、所論は採るを得ない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意思で、主文のとおり判決する。

(裁判官 横田喜三郎 小谷勝重 島保 斎藤悠輔 藤田八郎 河村又介 入江俊郎 池田克 河村大助 下飯坂潤夫 奥野健一 高橋潔 高木常七 石坂修一 垂水克巳)

上告代理人矢部善夫の上告理由

第一点原判決が国税徴収法第二条第一項の優先徴収の規定が有効であると判示したことは日本国憲法第二十九条第一項第九八条第一項に違反するものである。

一、原判決はその理由二において「国税徴収法第二条の規定は国税が現年度分たると過年度分たるとを問わず国税について他の債権に優先して徴収する趣旨の規定である。おもうにこのような規定の設けられた所以は国税が国家の財源の大宗でありこれがあるために国家の経費が賄われ国家がその施策を実施し国民がその利益を享受し得るのであつて、国家がその財源を確保する公益的必要より出たものと解すべく、従つて右規定はもとより適法であり何等不当に他の債権の効力を侵害し憲法第二十九条に違反していると考えることはできない。控訴人のこの点の主張は右見解と異る見地に立つものであつて採用に値しない」と判示しておる。このような原審の見解は大日本帝国憲法(以下明治憲法という)の主義とする法律の範囲内において臣民の権利自由を制限することを可能とした思想に由来するものであり「控訴人のこの点の主張は右見解と異る見地に立つもので採用に値しない」として控訴人の主張を排斥した態度は大日本帝国が連合国最高司令官の指令に基いて明治憲法その他の諸法令と各般の行政機構の改廃を断行した所謂無血革命の渦中において基本的人権尊重主義、国民主権主義等を宣言した日本国憲法(以下新憲法という)が制定せられ茲に全く新らしい日本国が誕生した厳然たる歴史上の事実に対面し乍ら故らに耳目を掩い顧みて他を謂うの例を装うたものであつて到底承服することができない。

二、国税徴収法第二条において国税及其の滞納処分費は総ての他の公課及債権に先だちて徴収すると定められたことは債権平等の原則に対する例外として国税に優先徴収権を与えたものであり一般債権を侵害するものであるけれども明治憲法治下においては国の財政充実の手段として辛うじて是認せられたものに過ぎないのである。

併し新憲法は明治憲法の欠陥を改め基本的人権尊重主義を採用し国民の権利自由は法律を以てしても侵すことの出来ない天賦固有且つ永久不可侵の権利であると保障し「この憲法は国の最高法規であつてその条規に反する法律命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部はその効力を有しない」(新憲法第九十八条)のであるから国税徴収法第二条第一項の規定は「財産権はこれを侵してはならない」とする第二十九条の権利の保障を侵害することが明白であるから、この規定は新憲法の施行と同時に法たる効力を失つたものでなければならないと確信する。

三、次に原判決は「おもうにこのような規定の設けられた所以は、国家がその財源を確保する公益的必要より出でたものと解すべく従つて右規定はもとより適法であり何等不当に他の債権の効力を侵害し憲法第二十九条に違反していると考えることはできない。」として国税徴収法第二条第一項の規定は適法であると判示した。

公益上の必要又は公益上の理由という観念は法律の規定を合理的ならしめるためしばしば引用される例であるけれども国の徴税行為が果して公益上の必要に基くものと解し得るであろうかは甚だ疑問である。それだから原判決も「公益的必要」という曖昧不明確な用語を使用したのであろう。国家の目的は公共の安寧秩序を維持し国民の福利を増進し文化の向上を期するに在る。従つて国の諸施策はいずれも公共の福祉を目的とするものであるけれども国税を徴収すること即ち国の財政の充実を図る手段は国の内部的の作用であり自己のためにする行為に過ぎないのであるから、これを目して公益上の必要と判断することは用語の濫用であり国の権力作用のすべてを公益視する錯覚におち入つたものと謂わねばならない。

仮りに百歩を譲つてそれが公益上の必要又は公共の福祉のためであるとしても新憲法が基本的人権尊重主義を採用したことは国民の権利自由を国家権力の侵害から守ることを第一義とする趣旨であるからその保障は法律を以つてしても侵し得ない絶体的なものと謂わねばならない。(法学協会編註解日本国憲法上巻一三四頁以下)しかしこの点について公共の福祉のために法律によつて権利自由を制限しうると解する説をなすものがあるけれども新憲法が国民の権利自由について、法律の留保を認めない形式をとつていることは個人の権利自由の尊重を何よりもにもまして重視するのが全体の趣旨でこゝに謳はれてある権利自由は天賦の前国家的なものと観念せられ従つてこの権利自由は国民の自律によるほかは国家権力による侵害を認めない趣旨であると謂わねばならない。それ故原判決が公益的必要を根拠として財産権を侵害することの明白な国税徴収法第二条第一頂の規定を適法と解釈したことは新憲法の精神に違反したものでなければならない。

第二点原判決は法律の解釈を誤り判決の結果に影響を及ぼすこと明白なる重大な違法があるものである。

上告人は原審に於て控訴人の債権は民法第三〇六条に所謂共益費用に該当することを主張しこの共益費用は第一順位に於て他の債権に優先すべきものであることを主張したところ原判決は「控訴人の前記共益債権の主張については仮りにその主張の事実が存在するとしても同費用が国税徴収法第二条第六項にいわゆる強制執行費用に該当するものでないことはその主張自体に徴し明白であり且つ被控訴人の交付要求に係る債権が控訴人主張の金二十三万円の債権(同債権が控訴人主張の事由により発生したとしても)に優先するものであることは国税徴収法第二条に於て明定するところであるから控訴人の此点の主張は到底採用し難い」と判示して控訴人の請求を排斥した。

然れども民法において優先債権を認めたのは公益上の理由によるものであるから共益費用の債権であることを認めたからには(原審は仮定に於て之を認めた)それは第一順位に於て配当すべきものであることは当然の理でなければならない。若し他の法域に於て一般債権より優先する規定があるときはこれによるべきであるけれども民法の一般の先取特権即ち共益費用の債権にも優先する規定の存在しない限り上告人が共益費用の債権を主張し裁判所又これを認め(仮定であるが)た以上は優先的に配当しなければならない。国税徴収法第二条には単に「国税及其の滞納処分費は総ての公課及債権に先だちて之を徴収す」と規定するだけであつて一般共益費用の優先を否定した規定ではない。

又この規定の適用あるには国自らが滞納処分をした場合の規定であることは同条の精神に鑑みて明白なところである。被上告人は国税の債権者であるからといつて袖手傍観しながら強制執行に便乗し他人の労苦によつて得たものゝ全部を横取りをするという結果を来したことは公平の原則に反する。殊に国税徴収法は明治三十年七月一日から施行せられ民法は明治三十一年七月十六日の施行であるから後法は前法に優るの法諺によつても後法即ち民法の規定により優劣を定むべきであつたに拘わらずこの点を顧慮しなかつた原判決は法律の解釈を誤つたものである。

要するに原審が上告人の主張した共益費用の債権を排斥したのは法律の解釈を誤つたため判決に相反する結果を来したのであるから原判決は破棄せられねばならない。

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